「兄の人生の物語」に関する会話(創作、障碍、当事者、書くこと、読むことなどについて)

読みやすいほうをリンクします。
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ここでid:extrameganeさん、id:satomiesさんとお話ししました。


反応いただいたのでこちらも。
わ〜かったわ〜かった(つもり) - S嬢 はてな
12月17日の先生 - リーバイラオスー


元になったのはこちら。
どのような言及がされたかは、ブックマークの「含む日記」から読んでみるとわかると思います。
http://d.hatena.ne.jp/asianshore/20071209
はてなブックマーク - http://d.hatena.ne.jp/asianshore/20071209
参考として。この日では同エントリの言及から、創作方面のことをお話ししました。
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正直にいうと、俺自身にとって今回の件は、後乗りというか「なんか盛り上がってるぞ」と後から気付いて追いかけていた話題でした。13日の日付で書いたファック文芸部杯の件にからめて、ネタマジの話として読んでいた部分もあります。また、書き手でも当事者でもないので、立場としてあやふやな部分もあると思います。また、かなりノリで書いている部分もあるのでツッコミどころはだいぶあるかと思いますので、その場合は気軽にツッコんどいてください。
その上で、よくある言い回しすぎてなんですが、これを読んだ人が何かを考えるきっかけになれば幸いです。


既にチャットとして色々出してしまったので改めて書くのが難しいんですが、だいたいまとめると

  • 書き手としての立場

まず、「配慮して書かない」というのはよろしくないよな、ということ。ここは障碍、差別、文学といった方面でやりつくされているので改めて何か書くことは難しいのですが、tinkojiさんの第二課で書かれている「世の中は基本的に当事者性同士のぶつかり合い」で「どれだけ真正面からぶつかり合えるか」というのを支持したい、としておきます。

  • ぶつかり合い

ここは、色々あるけれども「何らかの創作を書き続ける」べきだ、と自分も思います。「創作」という行為においては。自分はチャット中では「書き手が読み手の側に降りてくる」ことにこだわっているフシがありますが、web(ブログ)というメディアにおける一つの回答の形として、あのような発言になっています。*1

  • 読み手としての立場

読み手は、「書かれたものそのものを純粋に味わう」ことが最も豊かな読み方である、と13日に書きました。それは変わりません。そして、それだけに終わらずに、その先で「自分はどう振舞うのか、振舞えるのか」というところに進んでいくべき、とも思います。既存の「小説⇔現実世界」という構図ならばわかりやすいのですが、今回の場合、「webの文章を読み、オフラインでどう振舞うか」、そして「webの文章を読み、webでどう振舞うか」という話になるのかな、と思います。ここははっきりいって自分の中でもごちゃごちゃしていて明確に書けないのですが、オフラインにおいても、webにおいても「(今回の件を)読んで知ることができた」と受け止めています。それを記憶し、継続して読んで知り、そしてできるならば他人にも伝える、という方向でやっていきたい、と思っています。


他にも、「文章の読まれ方」や、ブックマークという仕組みが生む現象、そしてコミュケーションの可能性など、色々と考えることは尽きないのですが、とりあえずここまで書いておきます。

*1:ひょっとすると、書き手と読み手の狭間をかき回した筒井康隆へのリスペクトがあるのかもしれない、と今気付きましたが、それは余談ということで