フレーズとしての「現実」

あるいは「リアル」。
http://d.hatena.ne.jp/xura/20070121/p1
自分が思っていたり婉曲に書いていたことを正面から書いてくれた印象。まあこういうことであるな。
応用例として「社会」とか「空気」とかその他諸々の便利用語にもいえるように思う。こういったフレーズは極めて限定されたその人個人の周囲の話なわけで、web上でこういう表現を安易に他人に対して投げるのは自己と他者を区別できてないということになってしまうよな、と思った。まあ自己の問題として使う分には何の問題も無いのだけれども。
あと他人に投げるにしても例外があって、web上でも「私(自己)にとっての現実」というものをweb上にしっかり出している人*1には「私にとっての現実」というものが(ある程度)はっきりしているだけに、それがこういったフレーズを使用する担保として機能する*2ように思う。
ただまあ、web上でこういったフレーズを安易に使ってしまう人のブログをたまに見るけれども、そういった部分を詳細に書いている人はあまりいないなあ、というのが俺の現時点における認識なので、こういったフレーズを安易に使う人=自己と他者の区別が付かない人、というイメージが付きつつある。
今現在がブログの時代だとするならばこういった部分が良い方向に向かって行って欲しいし、そうすれば何かしらの良い現象を生むような気がしているのだけれども。

*1:例えば実名であるとか生活であるとか境遇であるとか

*2:乱暴に言えば「使う資格がある」